いろいろと昔のデータを整理していたら

懐かしいものが出てきました。

 

娘が小学校3年生だったとき、保護者の回覧板的なノートがあって、そこに書いて好評だったものです。

立命館小学校勤務時に担任していたクラスの学級通信にも載せました。

 

もう15年前の話になりました。

 遠い夏の日の出来事
                       登場人物 : 私、妻、娘(小学校3年生)、息子(幼稚園・年中児)

 

  8月21日(土)2時過ぎに山形の病院にお見舞いに行きました。
 その帰り道、「時間があるねえ。」「どうしようかあ。」4時ちょっとに車に乗りながら話しました。こういうことはめったにありません。

 車で自宅の天童に向かいながら、
「夕ご飯には早いねえ。」
「ちょっと家によって………」と家内が言うので………


 家の脇の道路に車を止めて、待っていました。
「カギが折れた~!」   遠くから声が聞こえてきました。
………………「玄関のカギが折れた!」……………………
  パワーがあるというのは困ったものです。どうして、カギのつけねの太いほうが折れてしまうのでしょうか。
 困りました。
 おばあちゃんは、朝、東京の方へ出かけました。落としたりすると悪いからカギはもっていかなくてもいいよ、と言ったばかりです。
 玄関の下駄箱の上のサッシのカギをしめていなかったのを覚えていました。
「下駄箱の上のカギがあいているよ!」(私)
「あっ、そこ締めたよ。」(奥方)
 いつもは抜けることが多いのに、今日に限って完璧にカギしめをしたようです。こういうときは、こういうものかもしれません。


 2つに折れたカギを持って、ホームセンターに向かいました。
 まだまだ、気楽でした。
「こういうふうに折れてしまったものは、合い鍵をつくることはできません。」
  店員さんは、申し訳なさそうに答えました。
「何とかなりませんか………じゃあ、どうすれば家の中に入れるでしょうか?」
「………」       何とも失礼なおたずねでした。
 店員さんは、カギ専門店の場所を調べて地図を書いて教えてくれました。
  仕方なくその店へ向かいました。天童の駅前通りにあるそうです。


 車を運転しながら思いました。
 この分では合い鍵を作るのはだめかもしれない。そうなったら、
①二階の窓から入る。(確か仕事部屋の窓はカギをしめていなかった、はず)
  はしごをどこでかりようか?
②窓を一枚割って入る。
  その場合、どの窓が一番安いか。
 できることなら、屋根に登って二階から入りたい。しかし、私は、高いところは大嫌いです。どうしよう………。

 女の人はとても気楽です。すぐに合い鍵が作れるものと思っています。


 様々なことを考えながら、カギ専門店につきました。
  専門店では、
「職人さんは今出かけていて、7時30分になったら戻ってきます。職人さんなら直せるかもしれません。」
と言われました。今は5時少し前。
「それまで、ご飯でも食べに行く?」(奥様)
「………」(私)
 なんとも気楽な! 
 もし、直せなかったら、私は暗い中、はしごをさがして、屋根に登らなくてはなりません。たまったものではありません。  


 そのまま家に戻りました。
 当然なのですが、一階のすべての窓はしまっていました。
 家族4人、家のまわりをまわりながら、いろいろ意見を言い合いました。
「パパ、どうして別のカギを使わないの?」 
「家の中にあるの。」
「じゃあ、それを使えばいいじゃない。」
「…………。」
 年中さんには、ことの次第がわかっていないようです。


 さて、これから家族4人はどうなったでしょうか。 

「台所の網戸が開いているよ。」(時々主婦) 
 50cm四方の扉が台所のコンロの横にあります。いつも開けているようです。(といっても扉は30cmも開かないようになっています。)
  私の頭の上くらいにありました。
 大人が入るのは無理です。
 当然、入るのは2人の戦士しかいません。
 その手があったか……………。
「賛(たすくと読みます)が入れるよ。」(強い母親)
 なるほど、ピッタリです。
 自分の力を使わずに子どもにやらせて解決しようとする母親と、これで屋根に登らないですむと喜ぶ父親。
 親とは実に勝手なものです。
 やっと解決策が見えてきました。
 ふと、暴れん坊の年中児を見ると、楽しそうに走り回っています。
「賛、この中から入って、玄関のカギを開けて!」
「…………ぼく、嫌だ。こわい!」
 短い親子の会話で、あっと言う間に終結してしまいました。
「ゴーゴーファイブのおもちゃを買ってあげるから。」
「やだ! こわいよ~。」
  最終兵器も彼には通じませんでした。これでは何を言ってもだめです。
 ………………………………………
 脇で応援していた娘に目が向くまで、そう時間はかかりませんでした。
 標的となった娘は、3年生。幸いにして細身です。
「こわいよ~。」(娘)
「舞しかいないの。」(急に優しくなった母親)
「入れるのかなあ?」(あきらめぎみの父親)
「夕ご飯、何でも好きなものおごってあげるから………。」(ちょっぴり苦しい母親の説得。)
 優しい言葉をかけながら、威圧する親たち。
 その威圧を感じてか、そろそろお腹のすく時間帯もあってか、娘はやっとその気になりかけました。
「どうやって、あそこに入るの?」(娘)
「パパが持ってあげるから!」(勝手に決める母親)
「えっ」(ちょっぴり不安な父親)
 ガラス一枚と娘の体………………比較などしてみたのでしょうか?
 
 娘を持ち上げ、扉の隙間から娘の頭を入れました。
「入れそうだね。大丈夫! がんばれ、舞!」(母親)
「………私、どうやって落ちたらいいの?」(娘)
「……………」 
 一度娘をおろしました。確かにそうです。
 入れることしか考えない無責任な親と、入っていく当事者の違いがはっきりと表れました。
 扉から入った娘の下には、炊飯器か電気てんぷら機(こんな名前でしょうか)があるはずです。おりて横にいくとガスコンロがあります。おり方によっては、それらのおいてあるところから向こう側、つまり1mくらいの高さから床に落ちていくことになります。
 ガラス一枚の方が安全です。
「足から入る!」(娘)
「うん、下にあるものは落としてもいいから!」(母親)
 女の人たちは、時としてものすごく強いです。無鉄砲と感じる時さえあります。(我が家だけでしょうか) 
 娘を逆さにして持ち上げました。足が上に上がって、棒高跳びの選手のようです。
 足が入り、腰が入り、最後に頭が入りました。
 よくも通ったものだと感心しているうちに、
「入ったよ!」
という声が聞こえてきました。
 そのまま娘は玄関に走り、中からカギを開けました。

 一件落着。


 緊張して唇が紫になった娘。
 両親と姉の姿を見て、やっとことのすごさに気づいて興奮している息子。
 この夜、焼き肉をおごるはめになった母親。
 たった1つのカギがドラマをつくってくれました。

 夕暮れも迫ろうとしている時間帯。
 あと少し遅かったら、暗さもあって娘は扉から入ることはできなかったことでしょう。日の長い夏で良かった。………………と、車に乗り込み焼き肉やさんへと向かいましたとさ!                     (沼澤)